【移住して後悔した?】30代夫婦が地方で暮らしてわかった本音
移住して得たもの、失ったもの
移住してから5年が経ちました。今、みかん農家として働きながら、夫婦ふたりで暮らしています。
今までの生活に違和感を抱いていたあの頃、僕たちは何度も話し合い、「このままでいいのか」という問いに向き合いました。
悩んだ末に選んだのが、環境を変えるという選択。移住という人生の舵を切る決断でした。
今回は、その決断の先にあった「得たもの」と「失ったもの」について3つずつつづります。

得たもの①:時間と心の余白
一番大きな変化は、「時間に追われない暮らし」が手に入ったことです。
移住前は、決まった時間に起きて、決まった電車に乗り、職場と家を往復するだけの毎日。週末は、ただ身体を休めるだけで終わっていました。
今は、朝は陽の光で目を覚まし、昼は畑で土や木々に触れ、夕方には仕事を終えて、ゆっくりとした時間を過ごします。
自分たちのリズムで動けるようになったことで、心に余白が生まれました。
あの頃の僕たちには想像もできなかった、「ゆっくりと息ができる暮らし」です。
得たもの②:暮らしを自分でつくる手応え
農業は、自然の声を聴きながら暮らすような仕事です。
雨の気配を感じて段取りを変え、風に逆らわずに動く。種をまき、実を育て、やがて実る。
うまくいかないこともあります。台風で果実が落ちる年もある。病害虫が原因で売り物にならないこともある。だけど、自分の手で作業を積み重ねていく中で、少しずつ「暮らしをつくっている」という実感が湧いてきました。
会社で働いていた頃の僕は、「何のために働いているのか」が分からなくなっていました。
今は違います。目の前にある木々が、それに応えてくれるからです。
得たもの③:穏やかな人とのつながり
移住して驚いたのは、人との関係のやわらかさでした。
近所の方が「たくさん採れたから」と野菜や魚を持ってきてくれる。散歩中に立ち話をして、何気ない会話の中に季節が流れていく。
過干渉でもなく、放置でもない。「気にかけてもらえる」距離感が心地よく、僕たち夫婦にとってとてもありがたいものでした。
今までは気を張っていた人間関係が、ここでは自然体のまま築かれていく。そんな感覚が、今ではすっかり日常になっています。
失ったもの①:都市の便利さと選択肢
コンビニやスーパーは車がないと不便です。病院や役所も少し走れば着く距離にはあるけれど、気軽さという点ではやはり違います。
飲食店も限られていて、「今日はどこにしようか」と迷うほどの選択肢はありません。
都会のような選択肢の豊かさは、確かに“失った”と感じる部分かもしれません。
でもその代わり、迷う時間が減り、日々の選択がシンプルになったことも事実です。
失ったもの②:娯楽や刺激
週末に映画を観に行く、ショッピングモールをぶらつく、ふらっと本屋に寄る。
そんな“小さな娯楽”は移住先にはあまりありません。
でも、代わりに増えたのは「静かに感じられる時間」でした。
風の音、実る果実の重み、夜空の星。派手さはないけれど、季節ごとに違う顔を見せてくれる自然が、ゆっくりと心を癒してくれました。
楽しみ方が変わるだけで、楽しみがなくなったわけではありません。
失ったもの③:社会的な肩書きと名刺
移住前、「どこの会社の〇〇です」で会話が始まりました。
自分を説明するときの手っ取り早いツールが、“肩書き”や“名刺”だったように思います。
でも、農業を始めてからは、それが通用しない場面も多くなりました。
何をしているのか、どんな思いで暮らしているのか。そうした“中身”で人とつながることが求められるようになりました。
他人にどう見られるかではなく、「自分は何を大事にしているか」を言葉にする。
そんな丁寧な関係づくりが、今の僕たちの暮らしの中にはあります。
まとめ:手放すことで、見えてくる
移住によって得たものと失ったもの。
それは「勝ち負け」でも「損得」でもありませんでした。
手放して気づいたのは、自分たちがどんなふうに暮らしたいかという“軸”です。
今までの生活で積み上げてきたものを否定するのではなく、そこに違和感を感じたら別の道を選んでもいい。
移住は、僕たちにとってそんな新しい視点をくれた選択でした。
もし、少しでも今の暮らしに息苦しさを感じているなら、思い切って環境を変えることで新しい生き方が見えてくるかもしれません。
この記事があなたの心にそっと届くことを願っています。